ご高覧いただきありがとうございます。
タイトル「人生の一休み」
*
…気づけば闇の中にいた。ここはどこ。
出口の手掛かりとなる、道標は見あたらない。それはまるで今まで明かりに慣れていた人間が、停電した部屋にいきなり閉じ込められたかのようだ。
辺りに生き物が這う気配がする。ネズミかもしれない。
またどこからか液体の滴る音がする。それは水かもしれないし。血かもしれない。判別することはできない。
不気味な空間だ。
私は外部に頼れる標が無いと悟ると、心臓に意識を巡らせた。
不思議と鼓動はゆったりとしている。恐怖とは無縁の静寂があった。
次に体に意識を向ける。指先はかじかんでいて感覚が麻痺している。脚に視線を落とすと、闇に沈んでしまいそうだ。微かに脚を動かすと、ピチャっと音がした。どうやら何か液状の上に立っているようだ。
自分が置かれた状況を、整理し終える。進まなくては。
…ぴちゃん、ぴちゃん。
壁に体を寄せて、探るように、すり足で一歩一歩。
液体と生き物の発する音を除けば、ここは静寂そのものだった。
微かな空気の流れを、敏感に察知できてしまう。
「!?」
バッと後ろを振り返る。
しかし、気配は無い。厳密には感じられないだけかもしれない。
本当は何者かがいたのかもしれない。それとも私の神経が高ぶっているだけかもしれない。
…さらに進む。時間という概念を捉えられない。一体どのくらい進んだのだろうか。
進むことに疑問を抱くようになる。そこには「終わり」が無い。
私は諦めて壁に寄りかかるようにして、腰を下ろす。
じめじめした空気をより鼻腔を通して感じ取ることができる。
進むことを止めたことで、一瞬気持ちが緩んだ。
「出口を探さなければ。」という強迫感から一時的に解放される。
この暗闇では、目を開けていても、閉じていても大差は無いが、私は目を閉じた。
心臓の鼓動が聞こえる。1秒を数えるより少し早い間隔で動いている。
…意識がゆっくりと帰ってくる。どうやら、うたた寝をしていたらしい。
眠ったことで恐怖や不安が心の片隅に移動し、代わりに活動的な気持ちになっていた。
地面に手をついて、ゆっくりと立ち上がった。
当初より周りを鮮明に見渡せるようになっていた。
私はふと、今まで気が付かなかったものを感じる。光だ。
しかし、暗がりに慣れた眼を通しても、辺りは深い闇に覆われている。
どこから発せられているのだろうか。
いや、物理的に見える光ではなかった。それは私の内から発せられているのだから。
私は内にある光に、意識を集中した。
それはちょうど心臓の中心に位置している。ほのかに白く輝き、温かい熱を帯びている。私がそれを強く意識すればするほどに、光は次第にはっきりと輝いていく。
そして私は光に包まれる。それとともに闇は完全に消え去り、静寂が訪れた。
…まぶた越しに明かるさを感じる。
目を開くと、そこには森の主ともいえるような大きな樹が立っていた。私は深淵とも形容できる闇から脱出していた。梢から陽光が、ちらちらと差している。心地よい風が頬を伝う。
あそこはどこだったのか。そしてここはどこなのか。
依然として分からないが、それでも構わない。
私の意志でどちらも選び取れる。
<終わり>
*
最後までお読みいただきありがとうございます。
こちらもおすすめです↓
スポンサーリンク