忙しく生きる日々。私はたまにふと我に返る。
「自分はこのままで良いのだろうか。」
1年後、5年後、10年後…
別に笑っていたい訳ではないけど、もう少し今より楽に生きられていたら。
やっぱり不安は消えることはなく、私を悩ませる。
そばに誰かいてくれたら、救われるだろうか。
この苦痛を「大丈夫だよ。」とただ一言、そして肩をさすってくれる。
想像しただけで、言いようのない安心感に包まれる。
どうしても甘えるのが下手な私は、温もりを怖がってしまう。
言葉を交わさずとも、触れ合うだけで救われる気がする。
しかし、それは私の悩みをその人に一部でも抱えさせてしまうのではないか。
そんな気もする。私はその人が私の為に悲しむことに、引け目を感じてしまう。
私は弱い。ひとりではたちまち深い心の闇に入り込んでしまう。好きなことをして気を紛らわせることは出来ても、それは対処療法に過ぎず、いずれまた落ち込んでいく。
そんなこんなで気持ちが立ち行かなくなったときは、川に行く。
空はすっかり暗くなっている。土手を降りた先にある、コンクリートの地面に座る。地続きに、川へと続くコンクリートの傾斜がある。
水流は遠くの橋の明かりでちらちらと輝く。ここは完全な自然の中ではないので、電車の音や、車の音は遠くから絶えず耳に入ってくる。
私は注意して、川の音に耳を傾ける。
川の音色は微かに響く。
それは柔らかく私の耳へ伝わってくる。その響きに身を委ねていると、自然と私の体へと溶け込んでいく。
私はその音を初めから知っていたかのような錯覚になる。
川と私が一体になるとき、始めて思考はある程度制御できるようになる。
捉えどころのない悩みの靄の中でも、川の音が現実世界に繋ぎとめてくれる。
そうして私はマインドフルになれる。
内なる静けさ。
それは簡単に得られそうなものかもしれないが、少なくとも私の理性だけでは手繰り寄せられない。
だからこそ、こうして自然の力を頼ることにしているのかもしれない。
…結局私の悩みに対する答えは、元も子もないものだ。
「すべては時間が解決してくれる」と。
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